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ギターと歩む Day by Day | エコー音楽教室
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高倉寺宝積院(たかくらじほうしゃくいん)

謹賀新年 ご訪問下さった方へのご挨拶!

 平成26年1月1日、比較的暖かい元旦。今年も無事新年を迎えることが出来、神仏に感謝!今日元日は訪問者もなく、快晴とまでいかないが、幸いお天気にも恵まれたので、通りの向こうにある「高倉寺」へ初詣に出かけた。

 思い起こすと泉北の住人になり40年は優に過ぎたと思う。最近までひなびていて静かで、それが私の好みにぴったりだったが、近年有名になったようで、これまで梵鐘を付かせて頂くのに、並んでいることなど一度もなかったが、今日は10人以上並んでいて驚いた。秘密のスポットが秘密でなくなった!尤もブログにこんな記事を書いてたのでは秘密でなくなって当然といえば当然のことだった!

 高倉寺は古く由緒ある寺で過去に3回取り上げている。
 「初詣 高倉寺宝積院」  2008/01/03 
 「梵鐘」 2008/12/30 
 「高倉寺」 2006/01/02 

お寺の解説を要約すると
◆行基が開創した四十九院のうちの一つ、慶雲2年(705)に造営され、自作の薬師尊像を安置。
◆810年に弘法大師が大日如来を刻み安置。
◆高倉天皇が御幸し深く感銘、「高倉寺」の寺号を拝受。
◆応仁の乱と信長の焼き討ちで消失。
◆真海僧正(しんかいそうじょう)僧快盛(かいせい)が復興に努め、慶長9年(1604江戸前期)岸和田藩主四男、小出三伊(みつまさ)により再建される。
◆明治時代、本坊、宝積院(ほうしゃくいん)以外の塔頭寺院数ヶ寺は廃寺となる。
◆寺院所蔵の「法起菩薩曼荼羅図」(室町時代の仏画)は堺市指定有形文化財。

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 本坊宝積院


 
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第65回正倉院展

 第65回正倉院展がはじまり、今年は琵琶の出品はないが、年に一度奈良でしか見ることが出来ない貴重な宝物展なので、近畿圏に住んでいて見逃す手はない!と出かけた。

 25年ぶり2回目の出展となる「漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん)」は仏前に香を焚いてお供えする台座だそうで、美しくカーブした木製の蓮の花びら一枚一枚に想像上の鳥、花、獅子など極彩色と金で描かれ、それが幾重にも重ねた台座で、絵も造形もそれはそれは見事な作品だった。

 聖武天皇ご遺愛の鏡「平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう)」は裏面に夜光貝、琥珀、トルコ石、ラピスラズリーなどをちりばめた螺鈿細工で、補修前の原形のもの、鎌倉時代盗難にあい、その時逮捕された犯人が破損させ、ばらばらになったそのままの状態で、最後に明治時代に補修したものと、三つを同時に展示し比較できるようになっていた。

 その他聖武天皇が身近に置かれた屏風「鹿草木夾纈屏風 (しかくさききょうけちのびょうぶ)」「板締染(いたじめぞめ)」などの屏風6面とそれを保存していた箱や布、楽器では、日本固有の琴「檜和琴(ひのきのわごん)」や尺八、横笛などが展示されていた。

 奈良時代の高度な文化、それを支える人々の技術の高さ、デザイン感覚のすばらしさ、息づかいなどが感じられると同時に千年を越え現代に至ってもなお保存しつづけられた方々の努力に感動し、鹿を眺めつつ帰路についた。

 感動と相反し現実的な食い気の話で恥ずかしいが、「刻み奈良漬け」(普通の奈良漬けは何処でも買えるが、「刻み奈良漬け(細かく刻んだ奈良漬けで糟のまま食べられる)」は泉北高島屋の名店コーナーでも見当たらないので、帰りに商店街で買って帰った。しばらくの間お気に入りの奈良漬けが食べられる。食欲の秋に乾杯!


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第64回 正倉院展

 第64回「正倉院展」は10月27日~11月12日開催されている。毎年鑑賞しているわけではないが、今年はまた「螺鈿紫檀の琵琶」が展示されると知り、月末時間を作って訪れた。

 混雑の度合いは例年どおりで、月曜日の午後以降なら少しは緩和されているだろうと、隣接する興福寺、阿修羅像で有名な「国宝館」を先に鑑賞し午後入り口に到着すると、まだまだ長蛇の列は衰えていなかった。やむを得ず軽い昼食をして、時間をずらして入り口を見てもまだまだ列は長かった。

 東大寺などは何度か訪れているので、仕方なく列に並ぶことにする。30分ほど経った頃、急に行列は少なくなった。3時以降に訪問するとすんなり入場出来そうな気がした。

 螺鈿の琵琶はやはり美しいが、写真撮影は許されないので 「奈良国立博物館」 ホームページで見て欲しい。今年は宝物の中でも屈指の名品とされる「瑠璃の坏(るりのつき)」が出品され、聖武天皇の時代にこれほどまですばらしいガラスの坏が制作されていたとは!現代でもワイングラスとして使えそうなそのデザインに感動!

 ただ人、人、人の波でゆっくり眺められないのが残念!まあNHK、Eテレ「日曜美術館」で解説つき放送がある(4日9:00~、再放送11日20:00~)ので、ワイドな映像で楽しむことにしよう!

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 興福寺五重の塔を撮ろうとしたが、逆光で良い写真が撮れなかった。でも鹿が入っていて奈良らしいので・・・。


三田市九鬼家の雛人形

 三田市にある旧九鬼家の雛人形は以前(2009/3)にも取り上げた。 「三田市旧九鬼家住宅資料館の雛人形」

 毎年展示される雛人形は、すべてが九鬼家で保存されたものではなく、周りから寄贈されたものが多いようだが、今年は九鬼家ゆかりの古い人形が飾られていた。明治32年(1899)に制作されたものと解説されていたが、いわゆるひな壇でなく、御殿に収められ、建築物まで作られた雛人形は、はじめて見るものだった。

 男雛と女雛を左右どちらにするかの意見があるが、雛人形は陰陽説を基本とする唐の古式にならっているという説と、宮中の習わしになぞっているという説があるらしい。古来日本では左が高位とされ(左大臣など、陰陽の古式からか?)天皇は左、皇后は右の風習だった。ところが明治の文明開化と共に、西洋の様式が取り入れられ、向かって左が高位とされるように変わって来た。それでも関西は京雛の影響か、内裏雛は向かって右に祭られていることが多かった。

 最近は関西の百貨店でも、男雛は向かって左に飾られているが、この九鬼家の雛人形は昔ながらの飾り方になっている。道具類も沢山あり、箪笥、長持などはミニチュアの布団、座布団まで収納され、手鏡には鏡がはめ込まれ、小さな引き出しには、取っ手がきちんとつけられ、ままごと遊びの原型のようだった。

 そういえば、最近ままごと遊びをしている女の子を見かけない。ベンチに並んだ全員が、黙々とファミコンゲームをしている風景はときどき見かけるが・・・。


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堺市 ミュシャ館&与謝野晶子文芸館

 アルフォンス・ミュシャは以前からのファンで、1989年に没後50年記念ミュシャ展が開催されたとき、感動して出品目録のカタログを買い、2009年「小学館」発行の「西洋絵画の巨匠 ミュシャ」も購入するほどの愛好者でもある。

 堺市に「ミュシャ館」があるのは以前から知っていたが、何故堺市なの?とずっと不思議に思いながらも、行く機会がなく、今日まで過ごしてきた。去年ミュシャ生誕150年とかで各地で展覧会が開催されたが、昨年からの外転神経麻痺の影響で、美術展など目を使う行事に意欲が湧かず知らずに過ごしていた。

 私はずっとミュシャと発音すると思っていたが、知人の一人はミューシャと言い、ミュシャ作品のプリントなど美術品を扱う店の店主も「ミューシャ」と言っているのを聞き、どちらが本当なのだろう?とふと思ったとき、地元にある美術館に行ってみようと思い立った。

 美術館は堺市立文化館の中にあり、与謝野晶子文芸館と二つに別れ、入場料500円で同時に鑑賞できた。現在は秋の企画展で「ミュシャの装い」のタイトルで、女性が美しく装う作品を主に展示していて、素晴らしいデザインに魅了された。

 与謝野晶子文芸館では日本文芸の足跡が感じられ、四代までつづいた駿河屋の家系図があり、母の堺高女時代の同級生、鳳さん(晶子の姪)の名前を見つけ何とも不思議な思いでしばらくはじっと眺めていた。晶子が発表した当時の雑誌「明星」の表紙にミュシャそっくりの絵が描かれていて、当時はどうやら模倣(パクリ)したらしいが、今なら著作権で許されないことになる。

 ミュシャと堺の関連はウィキペディアによると「カメラのドイ」の創業者個人コレクションだったのが、他界されたあと、遺族は相続を放棄し、土居夫妻が新婚時代に居住した堺市に寄贈されたと書かれていた。「ミューシャ」と発音するかどうかを会館受付の人に聞いたら、「ミュシャ」と言っていますとのことだった。


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堺市立文化館のエレベータ4階のドアーが開くと目の前にこのレプリカがドンと展示されていた。「写真を撮ってもいいですか?」と聴くと「どうぞ!」と言われたが、生憎カメラを持っていなくて、携帯での撮影。それにしてはきれいに撮れた。




第62回 正倉院展

 今年の第62回正倉院展は、大望の「螺鈿紫檀五弦琵琶」(らでんしたんのごげんびわ)が出品されるので何としても行きたいと思っていた。
 
 29日(金)は5週目でレッスンは休み、行こうかと思っていたが行き損ねた。週末は混雑が予想され、特に今年は遷都1300年祭の行事で混雑することが予測された。行くなら仕事のオフの日で、11月1日と2日なら予定が取れ、連休の間でこれまた混雑は避けられないが、覚悟して1日(月)に思い切って出かけることにした。

 朝から雨模様で、早く出て10時までに奈良駅に着けば、少しは空いているだろうと思ったのに、全く予測が外れ、入館には30分待ちと長蛇の列だった。初めに行こうと思った29日(金)の朝は40分待ちだったと聞き、それよりましかと一応納得して入館できるのを待った。

 メインの琵琶は会場で一番目立つ場所に大きなガラスケースで展示され、間近で見たかったら30分待ちの行列に並ばなければならなず、また30分も待つのか~!とがっくりしたが、間近で見た琵琶は、ため息が出るほど美しく、ずっと眺めていたかった。「止まらないでお進みください」と整理係の人に注意されるので、ゆっくり眺めていることはできなかった。

 何度も並んでうんざりしたが、この美しい螺鈿細工の琵琶を見た途端、時間を掛けても待った甲斐があったと、いつまでも感動にしたっていた。他にも聖武天皇や光明皇后と大仏開眼関連の宝物や古文書が展示されていたが、私には他の品々は影薄く感じてしまったと言うと、ひんしゅくを買いそうだ。

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 当日購入した解説書とチケット


奈良仏像巡礼

 「奈良仏像巡礼~阿修羅像を中心に~」のタイトルで、講師に奈良国立博物館 学芸部長 西山 厚氏を招き、よみうり堺文化センターで講演が催された。

 かねがね仏像には興味があったが、知識がとぼしいので、機会があれば話を聞くことで、より楽しむことができるだろう!と参加した。

 昨年開催された「国宝 阿修羅展」では、東京91万人、九州74万人、地元奈良興福寺25万人、合計190万人の入場者があり、一大阿修羅像ブームを巻き起こした。

 過去の展覧会で最高の入場者を迎えたのは「モナリザ展」次に「ツタンカーメン展」、国内の作品ではこの「阿修羅展」が最高の入場者を迎えたそうで、前出の二つの展覧会は長蛇の列を並んで鑑賞したが、残念ながらこの阿修羅展は何故か拝観できなかった。

 西山氏の話では、「仏像を鑑賞するとき「いつ」「だれが」「なんのために」作ったのかを知った上で鑑賞するのと、そうでないのとでは、思いが違ってくる」とのことで、ユーモアを交えた氏の講演は本当に楽しめた。

 阿修羅像は光明皇后が、733年他界した母、橘三千代(藤原不比等の妻)の菩提の為に、興福寺内に西金堂を建立し、一年がかりで28体の仏像を作らせ寄贈。そのうちの「八部衆」(仏教を守る仏)の中の一体であると説明された。

 聖武天皇と光明皇后の間には皇子が生まれたが、1歳で亡くなり、光明皇后は亡き母とその幼くして他界した我が子を思い、冥福を祈り供養したようだ。そのせいか阿修羅像は美少年のイメージがあり、人を魅了するのかも知れない。

  画像を検索したらこのような動画を見つけた。興味のある方はどうぞ。

 他にも一番高く掲げられた手には元来太陽と月を持っていて、これが日食と月食に関わりがあるなど面白い話を沢山聞くことができ、先日の飛鳥路とあわせて、私にとっても今年は奈良と縁深い年になりそうな気がする。

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 阿修羅像とは関係ないが、先般訪れた聖徳太子生誕の地「橘寺」。馬は太子の幼少のころの愛馬で実物大とされている。 


奈良 飛鳥路

 今年5月の日曜日はすべて予定が入りゆっくり休むことが出来なくなった。GWの日曜はボランティアの演奏で(先週終わった)、今週は東京の友人が来阪、今話題沸騰の奈良を訪れることにした。

 平城遷都1300年祭で、平城宮跡地の会場には、GWに32万人弱が入場したと報じられた。友人は再現されたとは言え、実物でないなら、飛鳥の方に行ってみたいというので、そちらを尋ねた。

 関西在住ながら高松塚に行ったことがなかったので、その方面を重点に石造物として有名な、猿石、亀石、石舞台、橘寺、飛鳥寺などを回った。

 有名な高松塚の壁画は、カビの発生により石壁ごと取り除かれ現在修復中。実物を見ることは出来ないが、塚の横に作られた「高松塚壁画館」に精巧な模写が展示されている。塚はこんもり盛り上がった小高い丘のようなものがあるだけなので、撮影の対象物にはならないし、壁画の模写は撮影禁止で紹介は出来なくて残念!

 石造物は沢山点在しているが、その全部を見て歩くことは出来ないので、是非見たかった巨石を積んだ石舞台に行った。日本最大級の横穴式石室で、蘇我馬子の墓といわれている。

 最後に訪れた飛鳥寺は蘇我馬子が6世紀末に創建した日本初の本格的寺院で「飛鳥大仏」と言われる本尊は、東大寺の大仏さまより古く、日本最古の釈迦如来像だそうで、こちらは撮影が許された。東大寺の大仏と比べると小さな仏様だが、そのお顔は美しかった。

 お天気には恵まれなかったが、飛鳥ロマンをたっぷり楽しむ一日だった。

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左上:石舞台、右端に人の足が写っているが比べるとかなり大きい!
右上:亀石の正面、後ろに回ると甲羅の形をしていた。飛鳥路の路傍には不思議な石が点在しているが、誰が何のために作ったのか判らない。
左下:猿石、「吉備姫王 檜隈墓」(きびつひめのみこおおきみ、ひのくまのはか)に置かれた猿石4体のうちの2体。吉備姫王とは欽明天皇の孫、第36代孝徳天皇・第37代斉明天皇〔第35代皇極天皇〕の生母。   
右下:飛鳥寺本尊。推古天皇が聖徳太子や蘇我馬子と誓いを立て発願し、609年に作った、東大寺大仏よりも古く、日本最古の釈迦如来像。
 



 

国宝 鑑真和上展

 連休はどこにも出かけないつもりでいたが、奈良博物館で開催されている「鑑真和上展」に混雑覚悟で出かけた。昨年唐招提寺を訪れたとき運悪く、金堂は平成の大修理とやらで、肝心の「鑑真和上座像」を見ることが出来なかった。

 10年あまりもかかった大修理は、今年になってようやく完成、平成大修理記念行事として、我が国最古の肖像、国宝「鑑真和上座像」(8世紀)をはじめ、これまた国宝の四天王立像4体など、70点以上もの国宝、重要文化財などが展示されていた。

 1250年前、唐の国から仏教伝道を目指し、最初の来日を志して12年、5度の失敗の末、6度目にしてはじめて成功。さまざまな苦難を乗り越え来日した、鑑真和上の強い意志と行動力は、想像を絶するもので、座像のお姿は美しく、深い感銘を受けた。

 奈良国立博物館で5月24日(日)まで。入館料は大人1200円。近鉄各駅で前売りが1000円で購入できる。

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雨の中隣の東大寺に立ち寄った。大仏さまは撮影禁止でなかったが人の頭が一杯で・・・。

三田市旧九鬼家住宅資料館の雛人形

 レッスンをする楽器店の途中に「旧九鬼(くき)家住宅資料館」がある。雛祭りは終わっていたが、雛人形はまだ展示されていたので、思わず入館した。

 案内パンフレットによると、九鬼隆範(1835)が設計し明治8年頃に建設された、全国でも数少ない擬洋風建築物で平成10年に兵庫県重要有形文化財に指定されたとある。

 明治時代初期の旧屋敷跡なので、さほど大きい豪邸というイメージではないが、いくつかある部屋のすべてに、ひな人形が飾られていた。

 管理人の説明では、古いひな人形は、個人の家庭で保存するのはむつかしく、いろんな家庭から寄贈されたもので、今年の展示品は何段にもなったものはなく、こじんまりしたものが多いとのことだった。

 因みに擬洋風建築とは、当時の大工が洋風建築を取り入れ、洋風と和風を混在させた建造物のことで、三田藩家老職を代々つとめた九鬼家の住宅として建てられた。

 明治の初期の建築物は、設計者が不明ということが多い中、当主自ら設計したこともあり、設計図まで残されている。さらに設計者九鬼隆範(くきりゅうはん)は日本の鉄道開発に貢献した鉄道技師で、鉄道関係図面や関連資料など、歴史的にきわめて貴重な資料も発見されたとのことだった。

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 大正3年と記されていたので100年近く前のお雛さま。明治~大正とあるが、どれが明治の人形かわからない。
  
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