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ウオーキングをする道は天気と時間によって違っていて、早い時間帯で天気に恵まれると、ニュータウン内でウオーキングコースとして指定された細い裏道を歩くことにしている。
その中にちょっと気になるところがある。古窯跡の標識が道の真ん中に表示されていて、ずっと以前から気になっていた。団地の中の何本もある細い道の一つで、探そうと思うとよく迷う。こんなところでも方向音痴だと思い知らされる。 この辺りはどうやらやきものが盛んだったようで、泉北考古資料館にも大きな壺が展示されていた。以前このタイトルで紹介したので興味のある方はご覧いただきたい。棺桶として使われたらしい大きな壺が展示されていたので、興味深かった。 その標識の先を見てみたら写真のような階段がつけれれていた。笹をかき分け登ってみたいが、鬱蒼としていて一人ではどうも勇気が湧かない。多分頑張って登ってみても、行き着いたところに何も見当たらないだろうと思うとつい怯んでしまった。 最近ではもう蛇は見当たらないものの、なんだか蛇に出会いそうで、冬眠から覚める前に登ってみたいとは思うのだが・・・。 ![]() |
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昨日初詣に行けなかった高倉寺に今日出かけた。
この高倉寺は文武天皇(707年)の勅命で行基が開基。その後聖武天皇の時代に七堂伽藍49の子院を建立、歴代天皇の勅願寺となり、810年弘法大師が大日如来を刻み安置して以来、真言宗となる。 高倉天皇(1161〜81)が行幸のとき、深い感銘をうけ「高倉山天王院」の山号寺号を与えられ隆盛を極める。 ところが、織田信長の焼き打ちにあい、ことごとく焼失。現在残っている廟や堂は、1614年岸和田城主の三男、小出大隅守三尹が代々の祈願所として築いたもの。 今日は曇天で写真が撮れなかったが、http://www.semboku.jp/ensen/1-06takakura.html こちらで写真入りの詳しい説明が見られる。 由緒あるお寺だとは思っていたが、京都の寺院のような華やかさが全くない。訪れる人も少ないが、そのたたずまいに何となく風格があり、以前から好きなお寺だった。ネットのお陰で改めてその歴史を確認することができ、近くにあって5分とかからずに訪れることが出来るし、とても誇らしい初詣となった。 |
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今日19日は敬老の日。わが家には、もうお祝いする人がいなくなり、だんだん自分が祝われる日が近づいてきんだと、喜べない気がする。
明日はもう彼岸の入り、混雑を避け兄夫婦が墓参に誘ってくれたので、これ幸いと便乗させてもらった。 市の公園墓地鉢ヶ峰には、とても古い法道寺がある。 白鳳時代(670年)に法道上人によって創建され、当初は「鉢峰山閑谷院長福寺」と名付けられたが、江戸時代に八代将軍吉宗の嫡子が「長福丸」と命名されたため、「法道寺」と改名したようだ。 当時は将軍様の嫡子と同じ名前では畏れ多いと言うことだったのだろうか。 室町時代に建てられた食堂(じきどう)と多宝塔は国の重要文化財に指定されている。 堺市内には歴史的に有名な寺院が多数あるが、ここ鉢ヶ峰は市内からはすこし距離があり、これほど由緒ある寺院なのにあまり知られていないように思う。 母が家に来るまでは、無理矢理移転させられ墓参に不便だと、ぼやいていたが、ニュータウンからはとても近く、ご先祖様が墓守のため、私をここに寄こしてくださったのだと、とても喜んでいた。 ![]() 「下馬」と彫られた石碑があり、昔はここで馬を下りたのだろう。階段を上がった楼門には、鎌倉時代に建立された阿吽の仁王さまがあるが、いまは改修中で見られなかった。 ![]() 重要文化財に指定されている多宝塔。詳しい解説をしているサイト。 http://kawai51.cool.ne.jp/tou-osaka11.htm |
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