唐招提寺は修理中
 多忙な一週間が終わり、7月も残りわずかになったが、今月は水曜、木曜が5週あり、発表会も終わったことだし、少しのんびりしようかと、休むことにする。ちょうど友人と奈良に行くことになり、この暑いさなか、唐招提寺と薬師寺に出かけた。

 何も調べずに出かけたら、唐招提寺の金堂は大規模な修理中で、何も見ることができなかった。しかもあの国宝「鑑真和上座像」は7/12〜8/31まで、静岡県立美術館に貸し出し中とか!ついてないことこの上ない!有名なハスも沼のほうはまだ早く、鉢植えのみを何とか見ることができた。

 その後、薬師寺に行ったが、こちらは何年か前に修理が行われたようで、伽藍も回廊も美しく、1300年から現在に至る歴史を持つ東塔と1980年代に修理された比較的新しい西塔が対照的にたたずみ、奈良らしい趣を感じることが出来た。

 法隆寺に足を伸ばす予定だったが、この暑さの中、とてもじゃないが元気が出なくて諦めた。

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左が東塔。6重の塔に見えるが、各層に裳階(もこし)と呼ばれるのがつけられ、この特異な形が律動的美しさを保ち、「凍れる音楽」という愛称がつけられているそうだ。何故凍れる音楽なのか?ピントこないところがあるが・・・。写真右が新しい西塔。

【2008/07/30 23:29】 | 歴史 | コメント(0) | page top↑
天パー
 今日午後から大阪市内の美容院へカットに出かけた。この美容院に決めてから20年以上になるが、同時にパーマをかけなくなって同じく20年近く経つ。 

 天然パーマ(くせ毛)のことを最近は天パーと略して言うらしい。両親がその天パーだったので、当然私もDNAをもらっている。若いころは髪に癖があると、思うようなスタイルにならないので、気に入らなかったが、今はカットの上手な美容師さんにかかると、パーマの必要がなく、スタイルが決まるのでラッキーだと思っている。

 若い人たちの中には、くせ毛を嫌ってわざわざストレートパーマをかける人が多いと聞いた。今も昔も思いは同じようだ。特に今はストレートヘアーが流行っているので、なおさらかも知れない。

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最近のような猛暑になる前、公園のベンチをちゃっかり占領している、ホームレスらしき猫を見つけた。我が輩か、あるいは、あたしか知らないが、カットの必要がないし天パーもないから、さほどむさ苦しくは見えない。猫はいいねぇ〜。
【2007/08/19 23:50】 | 歴史 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
陶邑古窯跡(すえむらこようあと)
 ウオーキングをする道は天気と時間によって違っていて、早い時間帯で天気に恵まれると、ニュータウン内でウオーキングコースとして指定された細い裏道を歩くことにしている。

 その中にちょっと気になるところがある。古窯跡の標識が道の真ん中に表示されていて、ずっと以前から気になっていた。団地の中の何本もある細い道の一つで、探そうと思うとよく迷う。こんなところでも方向音痴だと思い知らされる。

 この辺りはどうやらやきものが盛んだったようで、泉北考古資料館にも大きな壺が展示されていた。以前このタイトルで紹介したので興味のある方はご覧いただきたい。棺桶として使われたらしい大きな壺が展示されていたので、興味深かった。

 その標識の先を見てみたら写真のような階段がつけれれていた。笹をかき分け登ってみたいが、鬱蒼としていて一人ではどうも勇気が湧かない。多分頑張って登ってみても、行き着いたところに何も見当たらないだろうと思うとつい怯んでしまった。

 最近ではもう蛇は見当たらないものの、なんだか蛇に出会いそうで、冬眠から覚める前に登ってみたいとは思うのだが・・・。

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【2007/02/25 16:57】 | 歴史 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
高倉寺
昨日初詣に行けなかった高倉寺に今日出かけた。

この高倉寺は文武天皇(707年)の勅命で行基が開基。その後聖武天皇の時代に七堂伽藍49の子院を建立、歴代天皇の勅願寺となり、810年弘法大師が大日如来を刻み安置して以来、真言宗となる。

高倉天皇(1161〜81)が行幸のとき、深い感銘をうけ「高倉山天王院」の山号寺号を与えられ隆盛を極める。

ところが、織田信長の焼き打ちにあい、ことごとく焼失。現在残っている廟や堂は、1614年岸和田城主の三男、小出大隅守三尹が代々の祈願所として築いたもの。

今日は曇天で写真が撮れなかったが、http://www.semboku.jp/ensen/1-06takakura.html 
こちらで写真入りの詳しい説明が見られる。

由緒あるお寺だとは思っていたが、京都の寺院のような華やかさが全くない。訪れる人も少ないが、そのたたずまいに何となく風格があり、以前から好きなお寺だった。ネットのお陰で改めてその歴史を確認することができ、近くにあって5分とかからずに訪れることが出来るし、とても誇らしい初詣となった。
【2006/01/02 23:25】 | 歴史 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
泉北考古資料館
以前から一度入ってみたいと思っていた「大阪府立泉北考古資料館」に、先日ようやく入館する機会を得た。

泉北で一番大きな公園内にあり、私が散策するのは大抵日曜日。
残念なことに日曜が休館日だから今まで見ることが出来なかった。

小さい資料館だが、かなり古い出土品が展示されていた。閉館時間ぎりぎりで、ゆっくり見ることが出来なかったが、入館無料だから、いつでも来ることが出来る。

他の考古館で見たことのない一つの大きな壺が目に入った。説明文にもあるように、中から人骨が出たとあるから、どうやら棺桶として使われたらしい。

入り口が小さいのに、どうやって入れたのだろう?「世界・ふしぎ発見!」のネタになりそうだと思ったが、合口と説明文にあるので、後で入り口を合わせたのだろうな。

「甕」今は滅多に見ない文字なので調べたらカメ(瓶)だった。

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【2005/10/03 23:42】 | 歴史 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
鉢ヶ峰「法道寺」
今日19日は敬老の日。わが家には、もうお祝いする人がいなくなり、だんだん自分が祝われる日が近づいてきんだと、喜べない気がする。

明日はもう彼岸の入り、混雑を避け兄夫婦が墓参に誘ってくれたので、これ幸いと便乗させてもらった。

市の公園墓地鉢ヶ峰には、とても古い法道寺がある。

白鳳時代(670年)に法道上人によって創建され、当初は「鉢峰山閑谷院長福寺」と名付けられたが、江戸時代に八代将軍吉宗の嫡子が「長福丸」と命名されたため、「法道寺」と改名したようだ。

当時は将軍様の嫡子と同じ名前では畏れ多いと言うことだったのだろうか。
室町時代に建てられた食堂(じきどう)と多宝塔は国の重要文化財に指定されている。

堺市内には歴史的に有名な寺院が多数あるが、ここ鉢ヶ峰は市内からはすこし距離があり、これほど由緒ある寺院なのにあまり知られていないように思う。

母が家に来るまでは、無理矢理移転させられ墓参に不便だと、ぼやいていたが、ニュータウンからはとても近く、ご先祖様が墓守のため、私をここに寄こしてくださったのだと、とても喜んでいた。

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「下馬」と彫られた石碑があり、昔はここで馬を下りたのだろう。階段を上がった楼門には、鎌倉時代に建立された阿吽の仁王さまがあるが、いまは改修中で見られなかった。

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重要文化財に指定されている多宝塔。詳しい解説をしているサイト。
http://kawai51.cool.ne.jp/tou-osaka11.htm
【2005/09/19 23:28】 | 歴史 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
大阪市中央公会堂
昨日友人と飲む約束をしていた。約束の時間少し前、彼女から仕事の都合で時間を遅らせて欲しいと連絡が入った。もう出かけたあとだったので、大丸心斎橋店で「パリ・モダン」展を見ようかとか、いろいろ考えたが、沿線違いの場所に行くには時間が足りないし、約束の「北浜駅」で降りて、中之島や公会堂に行くことにした。

友人は急に時間を変更したことを気遣ってくれたが、ちょうどカメラを持っていたし、こんなことでもなければ、中之島などに行くことがないし、日没までにはまだ少し時間もあり、久しぶりの中之島公園に行くことができた。

公園にはバラ園がつくられ、世界中のバラが植えられているが、今はもうすっかり終わっていた。川岸に行くとホームレスの人たちの小さな小屋がいっぱい作られ、せっかくの美観を損なっていた。

水辺に近づいてみた。水質は少し良くなったとは言え、やはり泥臭い臭いが鼻を突いた。同じ水の都パリはもっと美しいのだろうか?

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大阪市中央公会堂は、大正時代のネオ・ルネッサンス様式の歴史的建築物として高い評価を受け、国の重要文化財に指定されている。
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【2005/09/13 14:21】 | 歴史 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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